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長野地方裁判所 昭和52年(ヨ)50号 判決

債権者

成田吉和

右訴訟代理人弁護士

富森啓児

(ほか三名)

債務者

当栄ケミカル株式会社

右代表者代表取締役

藤花典正

右訴訟代理人弁護士

小林浩平

主文

一  債権者の申請を却下する。

二  申請費用は債権者の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  債権者

1  債権者が債務者の従業員である地位を仮に定める。

2  債務者は債権者に対し、昭和五二年四月より本案判決確定に至るまで毎月二五日限り金二〇万八〇〇〇円を仮に支払え。

二  債務者

主文同旨

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  (被保全権利)

(一) 債権者は昭和四八年八月脂肪酸・エステル等の製造業を営む債務者(以下、会社という。)に運転手として雇用され、以来会社の長野工場で一貫して運転手として勤務してきたが、会社は昭和五二年四月二〇日以降債権者との雇用契約は終了したと称して、債権者を会社の従業員として取り扱っていない。

(二) 債権者は従来標準報酬として毎月約一九万円を得ており、現に労災の適用を受けていた昭和五一年一一月から同五二年一月までの三か月間は、休業補償として月平均金一七万八一三九円及び休業特別支給金として月平均金三万円の支払を受けていた。

2  (保全の必要性)

債権者は母・妻・子供三人を扶養、養育しているが、一家の中で収入を得るのは債権者のみであり、債権者に対する解雇により債権者一家の生活が成り立たなくなるのは明らかである。

二  申請の理由に対する答弁

1  申請の理由1(一)は認め、同(二)は争う。債権者の平均賃金月額は、一七万九五五七円である。

2  同2は争う。

三  抗弁

1  会社と債権者間の雇用契約は合意解約された。すなわち、債権者は会社を退職することには異議がなく、退職の形式を解雇とすることを要求したので、会社はこれに応じて昭和五二年四月二〇日付で解雇の意思表示をしたのであるから、解雇の形式をとった合意解約がなされたというべきである。

2  仮に右合意解約が認められないとしても、会社は昭和五三年三月一六日債権者に対し、四月二〇日付で解雇する旨通告した。(以下、本件解雇という。)

四  抗弁に対する答弁

1  抗弁1は争う。

2  同2は認める。

五  再抗弁

会社は債権者に対し工場への配置転換を指示した(以下、本件配転命令という。)が、債権者は本件配転命令は無効であるとしてこれを正当に拒否したところ、会社は右配転拒否をことさら指示違反にこじつけ債権者を解雇したものであり、本件解雇は権利濫用にあたる。

1  債権者は運転手として雇われ、その後も一貫して運転手として勤務してきたのであるから、本件配転命令は債権者と会社間の労働契約の趣旨をこえたものであり、直ちに無効である。

2  本件配転命令は合理的理由がなく、強行的独断的になされたもので違法不当なものである。

(一) 会社は本件配転命令及び解雇の正当性の根拠として、「(1)関整骨師の診断では治癒したかどうか疑問であり、(2)専門医の診断を受けるよう指示したが債権者はこれを拒否したので、(3)これまでの受傷歴からして再発のおそれがあり、そのたびに休まれても困る。(4)工場への配置転換が本人の健康のためであり、事故防止上も必要である。(5)債権者は誠実な配転の説得に対して頑迷に拒否するばかりであったのでやむをえず解雇に至った。」と主張する。しかし、右(1)、(2)の主張は本件仮処分申請後突如としてなされたもので、虚偽である。すなわち、債権者は昭和四九年に四〇日間、同五〇年に二一日間休業し、関整骨師の診断証明書を提出したが、会社から右診断証明書ではいけないといわれたことはなく、また本件解雇の発端となった長期療養の際も債権者は関整骨師作成の診断証明書を提出したが、会社は指定医を紹介したことがあるのみで右診断証明書では不十分だといったことはなく、本件配転命令をめぐる交渉の過程でも専門医の診断が問題とされたことはない。また、(4)の主張は裁判のためになされたものにすぎず、全くの口実である。なぜなら、会社は二交替制一二時間労働、トンボ返りの運行方法を採用するなど労働者の健康管理について無神経であり、事故防止上重要である積載量を超えることを積極的に奨励するなど交通安全の見地からも遵法精神は相当に稀薄といえるからである。

(二) 結局、本件配転命令の根拠として多少とも検討に値するのは、(3)の主張のみである。しかし、過去の実績から再発のおそれがあるというだけでは、その判断はきわめて恣意的であり、かつ抽象論である。当時の債権者の身体的状況に即して、具体的に再発のおそれが認定されねばならないはずである。しかるに、会社は以下の解雇に至る経過に明らかなとおり、債権者の当時の身体の状況など何ひとつ考慮せず、ひたすら再発のおそれを唯一の盾にして独断的強行的に本件配転を進めようとしたのである。更に、再発のおそれについて会社の過重な労働が原因となっているとすれば、それ自体本件配転命令の根拠たりえないものである。

(1) 昭和五一年一一月ころ、債権者は、関整骨師から大分よくなったので仕事に出て様子をみることを勧められたので、会社の大沢次長(以下、大沢という。)にその旨通知したところ、大沢から完治まで治療に専念せよと言われたので、引き続き休業した。

(2) 同五二年二月八日、債権者は、関整骨師作成の完治した旨の診断証明書を大沢に示して、復職を申し出た。

(3) 同月一七日、債権者は、会社から何の連絡もなかったので出社したところ、大沢から念書を差し入れるよう要求され、下書きを交付された。翌日、債権者がこれを清書して持参したところ、大沢は債権者に対し、右念書中「従来どおりの労働に就業することができる」との箇所を「どんな仕事もできる」と訂正することを命じ、債権者がこれを拒否すると、念書の受取を拒否した。

(4) 同月二八日、大沢は債権者に対し、運転は、無理であるとの理由により、工場勤務を命じた。

(5) 同年三月九日、大沢は債権者に対し、「過去の実績からみて、腰痛が再度発生する可能性があるので長距離運転には不向きであり、他の作業に就業することが望ましい。」旨告知し、併せて配転に従えないなら退職願いを出すよう要求し、それも出せないというなら三月五日付で解雇することもできる旨付言した。

(6) 同月一六日、大沢は、会社と債権者の意見が合わないことを理由に四月二〇日付で解雇する旨通告し、四月五日付内容証明郵便で解雇通告を行った。

(三) 債権者が運転業務に就労することを要求したのは、以下のとおり正当である。

(1) 会社では一か月一二指数運行すれば皆勤手当がつくところ、債権者の実績はこれを上回るものであるから、債権者は決して能力的に劣る労働者とはいえない。

(2) 債権者は以前より関整骨師の診療を受けていて、同人は債権者の腰部疾患を最もよく知悉し、かつ労災の認定、柳原整形外科の診察でも同人の診療は是認されているのだから、その診断は十分に合理的信頼性を有するといえる。

(3) 本件配転命令は、賃金面、労働時間の面で債権者に著しい不利益を与えるものである。

(四) 本件配転命令の真の狙いは、債権者が、会社と交渉して新車を修理させたり、会社提案の運転手共済制度に反対したり、会社の非常に嫌悪する労災認定を勝ち取るなど、自らの権利を堂々と主張する労働者であることから、債権者の権利主張を双葉のうちにつみ取ることを画策することにある。

六  再抗弁に対する答弁

1  再抗弁前文、同1、2は争う。

2  (解雇の理由及び経緯)

債権者には、就業規則二六条三号、四〇条、三〇条、八一条、六九条一、二号、七〇条一、二、一一号に規定する諭旨解雇に該当する事由があった。

(一) 債権者は昭和四八年八月入社し、同年一一月、同四九年八月、同五〇年九月と毎年腰痛を起こし、会社を休業した。そして、同五一年七月にも腰部捻挫等の発病があったので、会社としては、債権者の腰痛の発病申出がたび重なり、しかもそれについて関整骨師の診断証明書しか提出されていないので、病状の判定に疑義が残ることから、昭和五一年七月一〇日より数回にわたり専門医の診断を強く指示し、具体的に江波戸整形外科医院を紹介することまでした。それにもかかわらず、債権者はこれを拒否したまま、昭和五一年七月四日から同月二〇日まで及び同月三一日から同五二年二月七日までの長期間会社を休業した。

(二) 債権者は、前記休業後昭和五二年二月八日、正確性を欠く関整骨師の診断証明書を持参して就労を申し出たが、大沢は専門医の診断を受けて運転業務に従事することが可能かどうか相談してみるように言った。そして、大沢は同月二八日債権者に対し、「専門医の診断がないので明確に断定できないが、君のいうとおりの病気なら事故発生の危険を伴う運転業務は無理であると考えられるので、他の職種に従事してはどうか。大丈夫であるとわかればまた運転手に戻してやる。」旨伝えたが、債権者は頑として職種変更を拒み続けた。三月九日、同月一六日にも大沢は職種変更を指示したが、債権者はこれを拒否するばかりか、即時に解雇して失業保険金給付の手続をとるよう強要したので、大沢はやむなく債権者に対し解雇を通告した。本件解雇については労働組合も同意した。

(三) 本件配転命令は次の理由に基づくもので正当なものといえる。

(1) 過去の受傷歴からみて、債権者の腰痛は慢性化したものと推定された。また、債権者は椎間板ヘルニアが完治したという診断書を提出しなかったので、長距離運転業務に耐えられるかどうかについては不明であった。

(2) 会社の運転業務は、夜間の長距離運転、ワンマン運行もあるので、かなり厳しい業務であるうえ、会社の運転手で、腰痛で七か月も休んだのは債権者がはじめてである。現場の第一線の運行管理者である溝口課長は、「七か月もの長期間腰痛で休んだ運転手を体ならしもせずにいきなり乗務させて、事故でも起きた場合責任の取りようがない」と債権者の復職に強く反対したので、会社は同人の意見を尊重したのである。

(3) 債権者には無断欠勤が多く、このことは、運転手の場合、配車の手続等の関係で特に悪影響が大きかった。

(4) 労働基準監督署においても、債権者を他の職場へ回すことを示唆された。

(四) 債権者は、労働基準監督署より支給された休業補償費一〇万五一八三円を、昭和五二年二月一〇日ころ横領した。

第三証拠(略)

理由

一  申請の理由1(一)の事実は当事者間に争いがない。

二  会社は債権者との雇用契約は合意解約されたと主張するので、まずこの点について判断する。

(証拠略)によれば、昭和五二年三月一六日、債権者は同日までの成り行きから会社は債権者を解雇するにちがいないと信じて、会社の方針がそうであるならばはやく退職に伴う一切の手続をとるよう要求したこと、これに対し、大沢はまだ債権者を解雇することを最終的に決定したわけではないとして直ちにはこれに応ぜず、債権者のためにも希望退職してもらった方がよい旨説明したが、債権者は希望退職をあくまで拒否し、大沢が債権者の取り扱いについて結論を留保しようとするのに対し、「いつまでも結論を延ばされるのは困る。会社は、債権者のためにいろいろ考えなくともよい。会社は会社の思うとおりの理由で解雇すればよい。」旨を言って結論を出すよう迫ったこと、そこで大沢は債権者に対し四月二〇日付解雇を言い渡したこと、以上の事実を認めることができる。右認定事実によれば、債権者の前記発言は、会社が債権者を任意退職させようとすることに反発してなされたものであることが明白であり、当時の債権者の真意が解約を承諾する意思であったとはとうてい認められず、他に債権者が雇用契約の解約を承諾したことを認めるべき証拠はない。

三  会社が昭和五二年三月一六日債権者に対し、同年四月二五日付で解雇する旨通告したことは当事者間に争いがない。

四  債権者は、本件配転命令は労働契約の趣旨をこえたものであるから無効であると主張するので、この点を判断する。

債権者が昭和四八年八月会社に運転手として雇用され、以来一貫して運転手として勤務してきたことは当事者間に争いがない。従って、債権者の場合、運転手として勤務することが労働契約の内容となっているものと一応いえる。しかし、(証拠略)によれば、会社の就業規則には、会社は業務上の都合により従業員に対し配置転換を命ずることがある旨及び健康診断の結果保護を要すると認められるものに対しては配置転換その他必要な措置をとることがある旨各規定されていることが認められ、(証拠略)によれば、当時会社とその従業員の大部分が加入(ただし債権者は未加入)している当栄ケミカル労働組合間の労働協約には、「業務内容に変更を伴なう配置転換については、本人の意見を尊重すると共に生活条件を勘案する」旨規定され、意見尊重とは「特に重大な支障のない限り相手方の意見を採用して、権限を有する者がその行為を行なうものをいう」と規定されていて、会社に配転命令の権限があることを当然の前提として規定されていることが認められる。そして右の各規定もまた、労働組合法一六条、一七条により、債権者と会社の労働契約の内容となっているものと解すべきであるから、債権者に対し、運転手と異なる業務への配置転換を命ずることは本人の同意のない限り一切許されないとまではいうことはできず、合理的理由のある場合には、会社は債権者に対し、運転手と異なる業務への配置転換を命ずることができるものといわなければならない。

五  そこで、本件配転命令は合理的理由がなく強行的独断的になされたもので無効であるとの債権者の主張について判断する。

(一)  (証拠略)を総合すると、本件配転命令並びに解雇に至る経緯に関し、以下の事実を認めることができる。

(1)  債権者は入社した年の昭和四八年一一月に腰痛のため約一五日間会社を休業し、豊野病院で治療を受け、同病院の診断書を会社に提出し、また同四九年八月には腰部捻挫、左股間捻挫で約四〇日間、同五〇年九月には頸部捻挫、左肩甲関捻挫で約二一日間それぞれ会社を休業し、いずれも関整骨療院で診療を受け、同院の診断証明書を会社に提出した。

(2)  債権者は昭和五一年六月にも腰痛が発症し、同年七月五日関整骨療院で腰部捻挫、左股間捻挫と診断され、同院の診断証明書を提出して、同月五日から同月二〇日まで会社を休業し、同月二一日から業務に復し同月三〇日までトレーラー運転に従事した(従前は大型タンクローリー車を運転していた。)ところ、痛みを体の上の方まで感じるようになり、八月一日関整骨療院で前記同様の病名で四〇日間の要安静の診断を受け、八月二日より昭和五二年二月四日まで同療院の診断を受けて会社を休業し、長期の療養を続けた。

(3)  債権者は昭和五一年七月五日ころ大沢に対し、休業補償の手続をとるよう申し出たが、その際大沢は債権者に対し医師の診断書を提出するよう指示した。大沢は、債権者が同月一〇日ころ及び八月二日ころにも関整骨師の診断証明書を提出するのみであり、債権者から労災の適用を求められたこともあったので、専門医の診断を受けるよう勧め、同月六日ころには債権者に対し正確な診断を求めるため江波戸整形外科医院を紹介した。そこで、債権者はやむなく同医院に赴いたものの、なお同医院の診断が当時自己の奔走していた労災の認定に不利になるのではないかと危惧し、その診察を完全に受けないまま帰ってしまった。同月一一日ころ債権者が関整骨師の診断証明書を持参した際にも、会社は大沢のほかに、工場長、三沢課長をも交えて専門医の診断を受けるよう説得したが、債権者は会社の話を十分聞かないまま退去してしまったので、会社では協議の結果、関整骨師に依頼して債権者に専門医の診断を受けるよう説得してもらうことになった。同月三日ころ債権者と大沢が労災適用のため労働基準監督署に行った際、同監督官は債権者に対し医師を指定することがある旨説明した。以上のこともあって、債権者は同月ころ関整骨師の紹介で柳原整形外科へ行き、病名は腰椎々間板ヘルニアと診断され、診療の結果特に異常は認められず整骨師でのマッサージ及び電気療法を要すると診断された。会社では当時右診断結果を丁知していた。

(4)  債権者は同年一一月ころ関整骨師に大分長くなったので会社に出て様子をみてはどうかと言われたので、大沢に対しその旨説明して就業を申し出た。しかし、大沢としては、債権者が前月末頃に提出した関整骨師の一〇月二一日付診断証明書に「後一ケ月安静を要す。」と記載されてあったので疑問に思い、関整骨師に問い合せたところ、同人も完治したことについて自信があるわけではなく、とりあえず働いて様子をみてはどうかという程度のことであった。そこで、大沢は債権者に対し完治するまで治療するよう言い、債権者はこれに特に異を唱えることもなく関整骨師作成の「完全治癒するまで安静を要す。」との一一月二五日付診断証明書を会社に提出して、休業を続けた。

(5)  債権者は昭和五二年二月四日関整骨療院で完治したとの診断を受けたので、翌五日大沢に対し就業を申し出て、同月八日には関整骨師の診断証明書を提出した。ところが、同診断証明書は「六月九日(昭和五一年)発症分については完治しました。」と診断の対象を限定しているものであった。そのため、大沢は右診断を不審に思い、直接関整骨師に確認したが、同人は専門医ではないことからその診断について十分納得できるほどの信頼をすることができず、それに加えて、債権者の過去の受傷歴からいって運転業務に就業させると腰痛が再発するのではないかと思案するなど、債権者の腰痛が本当に完治したかどうかについては疑問を抱かざるをえなかった。債権者は同月八日、長野赤十字病院において腰痛症について「現在は痛みもなし又日常生活動作に支障なし」との診断を受けたが、会社には右診断の事実を知らせなかった。その後債権者は二月中旬ころにも大沢に対し就業を要求したが、大沢は前記のように債権者の腰痛が完治したかどうかについて疑問のあることを述べた。そこで債権者において完治した旨の念書を差し入れることとなったが、大沢は、債権者の持参した念書中「従来通りの労働に従事することができます」との部分を「どんな仕事もできる」旨に訂正するよう求め、債権者がこれを拒否したので、結局念書は差し入れられなかった。

(6)  会社では同年二月下旬ころ、工場長、大沢、三沢課長、溝口課長の幹部職員が集まり、債権者の就業問題について協議した。その席上、債権者の直属上司であり運行管理面の責任者である運輸課長溝口は、債権者は過去にも腰痛で会社を休業したことがあること、運転手で七か月もの長期間会社を休んだのは前例のないこと、右のような長期間会社を休んだ者を直ちに危険を伴う激務である長距離トラックの運転業務に従事させることは非常に問題であること、債権者には従来から無断欠勤が多く配車をするうえで非常に困っていたことなどの理由で債権者の復職に強く反対し、「長距離運転をさせるとしても体慣らしをさせることが必要であるが、そのために乗務させようにも会社には近距離運転の仕事はないので、いったん工場勤務をさせて、様子をみてから運転業務に就かせても大丈夫だとわかればその時点で運転手に戻してはどうか。」と提案した。他の者もおおむね溝口の意見に賛成したので、会社の方針としては、とりあえず債権者を工場の製造第一課に勤務させ、そのうえで完治したことを確認した時に運転業務に戻すことに決まった。

(7)  大沢は同年二月二八日債権者に対し、従来通りの長距離運転は無理なので、一時工場に勤務してもらい、体が完全に回復すれば運転業務に戻すこと、収入の点も差がないよう考慮する等会社の前記方針を話して工場の製造第一課への配置転換を指示したが、債権者はこれを拒否した。三月七日にも同様の話し合いがなされたが、債権者はなおも右配転を拒否し、従前の業務に就くことを要求したので、大沢は更に会社としての最終方針を九日に出すことを伝えた。会社では再び前記幹部職員で協議したが、債権者を従前の業務に就かせることは前回と同様に溝口の反対意見が強くどうしてもできず、従って債権者が配転に応じないというのであれば、会社をやめてもらうほかないとの結論に達した。三月九日、大沢は債権者に対し会社の右方針を伝え、「どうしても配転に応じないというのであれば会社をやめてもらわねばならないが、解雇というのも忍びないので債権者のためにも任意退職してもらう方がよいと思うので、家族ともよく相談するよう。」に言って考慮の期間を与えた。これに対し、債権者は配転に関しては、工場勤務は特別の技能がなく収入も減ること、それに何より自分は運転手として雇われたのであるから他の仕事はできないということを理由にはっきり断わり、任意退職も一応拒否するが、賞与を支給するのであれば考えてもよい旨答えた。そして、三月一五日、債権者は退職願いの提出をはっきり拒絶したうえ、大沢に対し会社は自分を解雇するというのであるから、それならばはやくその手続をとってほしいと請求した。翌一六日にも債権者は同様に早急に解雇の手続をとることを強い態度で要求し、前記二に認定したいきさつから、大沢は債権者に対し四月二〇日付解雇を通告した。そうして、大沢から債権者に対し四月五日付書面で、債権者を四月二〇日付で解雇する旨通知された。

(二)  (証拠略)によれば、運転業務と債権者が配転を命ぜられた工場勤務の場合を比較すると、(1)収入面では、債権者は運転手であれば昭和五〇年度の実績で一か月約一九万円の報酬を得られたのに対し、工場に行けば同五一年度の実績ではおよそ日勤で一一万一八一円、二交替勤務で一六万五三四一円、同五二年度ではおよそ日勤で一二万四一六六円、二交替勤務で一八万五〇五九円の月収であっていずれも減少を免れないこと、(2)時間的制約の面をみると、工場勤務では勤務時間は日勤で一日八時間、二交替制で一日一二時間であってその間は行動を制約され、勤務を休めるのは日曜、祝日だけであるのに対し、運転業務では画一的な勤務時間の制約はなく、目的地へ行って帰ってくると次の日は自宅にいられるので事実上休める日が多く工場勤務よりも精神的に解放感があって楽であるといえること、(3)仕事の内容面では、運転業務は、一〇トン近くの大型トラックに一人または二人で乗務して主として東京、大阪方面へ昼夜を問わず往復運転するというもので、トラックはクッションが悪く、長距離、夜間運転の特殊性もあって健康人でも肩、首から腰、腕にかけて全般的に痛くなるという程に疲労度の高い業務であること、これに比較して工場勤務はトラックで運んできた原料を分解槽へそのままあけるというもので、一部ドラム罐をフォークリフトで運ぶような少し面倒な仕事もあるが、大体は簡単で体に楽な仕事であること、以上のように認められる。

(三)  (証拠略)によれば、過去に運転業務から工場勤務に健康上の理由で配転されたものは二名おり、一人は高血圧症、蜘蛛膜下出血で約一か月余休業の後工場内のブルドーザー、ホイルローダーの運転に配転され、他の一人は事故で足を負傷して長期療養の後工場の第二課に配転になり、約六か月勤務して元の運転業務に戻ったものであることが認められる。

以上の事実を総合すると、帰するところ会社は、「過去にも腰痛の発症があり、七か月余りも休業した債権者を、疲労度が高く、事故発生の危険をも伴う大型トラックの長距離運転業務に、直ちに就かせることはできない。」とする債権者の直属上司であり、運行管理面の責任者である溝口課長の意見を尊重して、債権者に対し工場への配転を指示するに至ったというものであるから、前記認定の経緯に照らすと本件配転命令は一応合理的理由に基づいてなされたものであるといえる。もっとも(証拠略)によれば、債権者は、昭和五二年一二月一四日に芦沢医師の診断検査を受け、腰痛症はほぼ完治したものとされ、腰椎々間板ヘルニアは認められず、長距離運転業務に従事することも可能であり、右業務に従事しても再発の可能性は殆どない旨の診断をされた事実が認められる。けれども、右診断は昭和五二年一二月当時の債権者の症状に対するものにすぎないのであるから、右事実をもって直ちに本件配転命令当時も同様の症状であったとすることはできない。そればかりか、会社は本件配転命令の理由として過去の腰痛の発症歴及び長期間の休業の事実から運転業務に従事するには重大な支障があるということを債権者に説明しているのだから、債権者がどうしても運転業務に従事することを希望するなら、債権者において前記芦沢医師の診断書に相当する程度の客観的資料をもって、会社の前記疑問に答えることが要求されてしかるべきところ、本件配転に至る経過において債権者が提出したのは必ずしも医学的に十分信頼性があるとはいえない整骨師の診断証明書だけである。そうである以上、過去の既応症歴及び長期間の休業の事実からみて直ちに運転業務に従事させることはできないとした会社の判断は当時の事情にてらせば相当なものというべきであって、これを恣意的なものとすることはできない。工場勤務の場合に運転手当時より収入面、精神面である程度の不利益のあることは否定できないけれども、工場勤務はあくまで運転業務に就くための体慣らしとして行う暫定的なものであることは、本件配転をめぐる交渉の過程で会社が明言しているのみならず、そのような措置は現実に会社が実行した前例としてあるのであるから、七か月余も病気休業し、かつ、その後病気の回復を会社に十分納得させるべき客観的資料を提出しなかった債権者としては、その程度の不利益はやむをえないものとして甘受すべきものと言わざるをえない。

債権者は、本件配転命令の真の狙いは、債権者が自らの権利を堂々と主張する会社の言いなりにならない労働者であることから、腰痛にことよせて配転攻撃をしかけることによって、債権者の正当な権利主張を双葉のうちにつみ取ることを画策したものであると主張する。けれども、前記認定事実にてらすと、右の主張は憶測の域を出ないものというべきで、かかる事実を認めるに足る証拠はない。

以上に説示したところによると、本件配転命令には合理的理由がなく、強行的独断的になされたもので、違法不当なものであるとする債権者の主張は、理由がなく採用できない。

六  本件配転命令が無効でないことは前記のとおりであるから、その無効を前提として本件解雇が権利濫用にあたるとして無効であるとする債権者の主張は理由がない。

会社が債権者に本件配転を命令し、それに従わない場合には任意退職するよう説得し、それに対し債権者は本件配転命令を正当な理由なく拒否し、任意退職の進めにも応じないばかりか「会社は会社の考える理由で自分を解雇すればよい。」などと言って早急に解雇手続をとるよう強い態度で迫り、そのため会社は債権者に対する説得を断念して昭和五二年四月二〇日付解雇を通告するのやむなきに至った経緯については前示のとおりである。そして、(証拠略)によれば、会社は、昭和五二年三月一六日付文書により、債権者の所属する労働組合に対し、その事由を説明して諭旨解雇処分の事前通知を行ったこと、そこで組合は三月二〇日の組合大会で債権者の問題を協議したところ、「本件配転に応じたうえ体調のよくなった時点で運転手への復帰を求めてはどうか」との意見も出され、当時の状況としては債権者が本件配転命令に応じるなら会社は解雇を取り消す見込みがあったが、債権者はこれに応じる考えはない旨強く表明したこと、ところが組合としては丁度他の組合との合併問題を控えている時期であったので、債権者の原職復帰を求める運動をおこす余裕はなく、債権者の同意も得たうえ合併後の組合にこの問題を引き継ぐについては組合員全員の同意を要することとし、採決した結果二四名中四名の反対があって否決されたことが認められる。

(証拠略)によれば、会社の就業規則には、

第七十条 従業員が次の各号の一に該当する場合は懲戒解雇に処する、ただし情状により諭旨解雇、降職又は転職にとどめることができる。

一、前条の情状著しく重いとき

二、正当な理由がなく上長の命令に違反又は反抗したとき

第六十九条 従業員が次の各号の一に該当する場合は降職、又は転職、出勤停止もしくは減給に処する。ただし情状によっては譴責にとどめることがある。

一、就業規則その他会社の諸規則、又は指示に違反し情状が重いとき

二、正当な理由がなく、上長又は責任者の指示に従わなかったとき

第三十条 会社は業務の都合により転勤、駐在、出向又は配置転換を命ずることがある。従業員は正当な理由がない限りこれに従わねばならない。

の規定があることが認められる。

前記認定の債権者の行為は、右各規定に該当するものといえる。そうだとすれば、本件諭旨解雇は相当であるといわなければならない。

七 以上の次第であるから、本件解雇は有効であり、従ってその無効を前提とする債権者の本件仮処分申請は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないので却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安田実 裁判官 山下和明 裁判官 三木勇次)

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